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Only One が世界を変える

【2010年04月21日】

吉野眞弘CON-CAN国際短編映画祭・代表/京都メディア・アート・ラボ設立準備委員会・副代表

◎インターネットで映画祭

弊社がインターネットを使ったCON-CAN国際短編映画祭を立ち上げたのは2005年だった。早いもので、あれからもう5年が過ぎた。名前を「魂観」(concan)と命名したのには訳がある。

「世界は家族である」という理念に立ち、いわば魂を込めたハートフルな映像作品を募集し、世界のどこからでも視聴者に無料で観て貰おうという思いがあったからだ。その点、魂観(CON-CAN)は既成の商業映画の文脈とは大いに異なり、まだ世に出ていない新しい映像クリエータや、地域振興や地域発展のために日々地道な努力を重ねている映像制作者の為に門戸が開かれた、世界でオンリー・ワンの国際短編映画祭である。

◎世界80カ国2000作品

審査方法も既存の映画祭と根本的に異なる。毎回世界の異なる地域を代表する審査員が完全にオープンな討議の上に、最優秀作品を決める。言語も文化も違う審査員が公正な討議の中で優秀作を決めて行く過程こそ、「世界は家族である」というCON-CANの地域的理念を如実に体現しているものは他にない。

この5年間に世界80カ国以上のクリエータから集まった短編映画コンテンツ累計はゆうに二千本を超え、私達の初期の目標は到達されたかに見える。だが試練のスタートはこれからである。集まった優れた映像作品群を今後如何に新しい地域文化を創造するべくあまねく発信して行くのかという「文化の出口戦略」こそ、私達に残された大きな使命である。その私達と近い使命を持たれ、常に私達を鼓舞してくれる団体がある。「京都メディア・アート・ラボ」である。

◎世界は家族

まさに地域振興や地域発展のために立ち上げられた「京都メディアアートラボ」の活動理念にCON-CANは深く共鳴をする。近い将来、「京都メディア・アート・ラボ」と共に是非ともCON-CAN国際短編映画祭を開催したい。そして京都地域の発展や活性化のために共に力を合わせて、日本「KYOTO」発の創造的文化発信を世界に向けて行ってゆきたいと希求している。日本文化の臍たる「KYOTO」発信の原動力である「京都メディア・アート・ラボ」の今後のあゆみにCONCANとしては絶対的協力の一切を惜しまない。なぜなら、地域振興や地域進展に生きる人々こそ世界の新しい文化創造を支える原点であるという「京都メディア・アート・ラボ」の考えこそ、私達CON-CANが掲げる「世界は家族である」という理念そのものだからである。

◎インターネットで映画祭

弊社がインターネットを使ったCON-CAN国際短編映画祭を立ち上げたのは2005年だった。早いもので、あれからもう5年が過ぎた。名前を「魂観」(concan)と命名したのには訳がある。「世界は家族である」という理念に立ち、いわば魂を込めたハートフルな映像作品を募集し、世界のどこからでも視聴者に無料で観て貰おうという思いがあったからだ。その点、魂観(CON-CAN)は既成の商業映画の文脈とは大いに異なり、まだ世に出ていない新しい映像クリエータや、地域振興や地域発展のために日々地道な努力を重ねている映像制作者の為に門戸が開かれた、世界でオンリー・ワンの国際短編映画祭である。

◎世界80カ国2000作品

審査方法も既存の映画祭と根本的に異なる。毎回世界の異なる地域を代表する審査員が完全にオープンな討議の上に、最優秀作品を決める。言語も文化も違う審査員が公正な討議の中で優秀作を決めて行く過程こそ、「世界は家族である」というCON-CANの地域的理念を如実に体現しているものは他にない。 この5年間に世界80カ国以上のクリエータから集まった短編映画コンテンツ累計はゆうに二千本を超え、私達の初期の目標は到達されたかに見える。だが試練のスタートはこれからである。集まった優れた映像作品群を今後如何に新しい地域文化を創造するべくあまねく発信して行くのかという「文化の出口戦略」こそ、私達に残された大きな使命である。その私達と近い使命を持たれ、常に私達を鼓舞してくれる団体がある。「京都メディア・アート・ラボ」である。

◎世界は家族

まさに地域振興や地域発展のために立ち上げられた「京都メディアアートラボ」の活動理念にCON-CANは深く共鳴をする。近い将来、「京都メディア・アート・ラボ」と共に是非ともCON-CAN国際短編映画祭を開催したい。そして京都地域の発展や活性化のために共に力を合わせて、日本「KYOTO」発の創造的文化発信を世界に向けて行ってゆきたいと希求している。日本文化の臍たる「KYOTO」発信の原動力である「京都メディア・アート・ラボ」の今後のあゆみにCONCANとしては絶対的協力の一切を惜しまない。なぜなら、地域振興や地域進展に生きる人々こそ世界の新しい文化創造を支える原点であるという「京都メディア・アート・ラボ」の考えこそ、私達CON-CANが掲げる「世界は家族である」という理念そのものだからである。

“生きること” と ”ものをつくること”

【2010年04月08日】

諏訪 敦彦映画監督 × 杉原賢彦映画批評家

メディア・アートって、いったいなんなのだろう?
既存の映像作品となにが違っているんだろう?
そこからなにか新しいことは生まれてくるんだろうか……。
ディジタル時代に突入したというのに、
まだぼくたちはその全貌どころかプロフィールさえも知らずにいる。
それなら誰かに訊いてみよう。
おっ、この人なら……と思って白羽の矢を立てたのが、
ちょうどいま『ユキとニナ』が全国公開中の諏訪敦彦監督だった。
東京造形大学学長にして映画作家、ふたつの貌をもつ諏訪監督なら、
なにかヒントをもらえるかもしれない。
映画の『ユキとニナ』のプロモーション、ベルリン映画祭参加、
しかも新学期に向けての会議漬け……
忙しいなか、時間を割いていただいた。

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─諏訪さんは映画監督としてもうすでに何本も映画を撮られてきているわけですが、『ユキとニナ』で子どもの世界を撮られたというのは、どんな経緯からだったんでしょう?

「手つかずな、大きな他者としての存在が子どもだったんです。大人というのは、なんだかんだで共犯関係を結んでなんらかのモノをつくってゆくわけですが、子どもとはそうはいかない。共通の言語をもっていないかもしれない。けれど、〈男女〉の関係について前の『不完全なふたり』でやって、次に向かうべきものとして〈子ども〉という存在が出てきた。教育とかかわったのも、無関係ではない気もしてますし、自分自身の子どもとの関係とも無関係じゃないと思う。自分にとっての映画というのは、自身の人生とか成長にしたがって立ち向かってゆく問題も変化してゆくわけですが、そういうものがずっと主題になってきた。『ユキとニナ』は、子どもと、子どもを育てる親という存在はいったいなんなんだということを、映画を通して考えてみようとしたわけです。生きることとものをつくることは、どこかでリンクしていると思うんです」

─東京造形大で教えてらっしゃるわけですが、学生たちについてはどう見てられますでしょうか? 彼らもまた、かなりな程度、他者だと思うんですが(笑)。

「学生たちとの関係においても、生きることとものをつくること、あるいは表現するということをどうリンクさせてゆくかが問題だと思ってます。フィクションというのは、もしもこうだったらどうなるだろう……というのを試行してみられる場でもあるわけで、重要なのは、結果ではなくてプロセスだとだんだん思うようになってきた。成果物としての作品がよかったとかよくないという評価ではなく、映画をつくるプロセスをどう自分たちの人生に生かしてゆけるか。それが、いま、より大事になってきている気がしているんです。美術の世界においても同様なんじゃないでしょうか。作品と作者という関係が問い直されつつある。作品は作者において完結しているのではなくて、プロセスこそが大切であり、アーティストは現実にどのように介入するか、メディウム的な存在意義が注目されている。作品という成果物ではなく、行為そのものがアートだというふうに考えられ始めていると思うんです」

─いまやディジタル時代に突入しているわけですが、ディジタルとアートの関係ということでいくと、そこになにか変化を感じてらっしゃいますか?

「コストの問題というのは大きいと思いますね。映画が如実にそうですが、テクノロジーと資本をもっている側のものであった。ディジタル・テクノロジーによってその構造が壊され、いままで一方向からしか世界が見られなかったのが、リヴァース・アングルからも見ることが可能になった。つまり、映画もアートも、より生活に密着したものになってきたと言えるんではないでしょうか。映画やアートを、どう〈使う〉かということが問題だと思っているんですが、ディジタル時代になって、つくり手としてはやりやすくなった。ところが、それを受けとめる社会の側がそうはならなくて、むしろ逆行しているような感じを受ける。そこが問題なところです」

─メディア・アートはそこに風穴を開けられる可能性を秘めている?!

「一方でアートもまた、マーケットとか業界といったもののなかに閉じ込められている。映画も同じですね。一概にメディア・アートと呼ばれているものも、そうした現状に穴をつように登場したのかもしれないけれど、アートと呼ばれる以上、そのなかに回収されてしまうというジレンマを抱えているように思うんです。それがなんとかならないものなのかと思いますね」

─そこに教育はなんらか関与できるものか、あるいは教育が為すべきものっていうのは、そこにあるんでしょうか?

「もっとも悩ましいのは、文科省も中央教育審議会も、大学に対して具体的な成果を出せ、と迫ってくることです。アートにかかわっている以上、具体的な成果など出ない。大学自体も本質的にそうですね。世の中と同じサイクルでないところで、未来の価値をつくり出してゆく場と自由が保証されていなければ、大学のコンセプトそのものが消えてしまう。それはアートの創造というのも同じですね。でも、目の前の学生に対して、それをやりながらどうやって生きてゆくかを問うことも、非常に大きな問題として残る。就職するための支援もするけれども、それは本質的な問題ではないわけです。問題なのは、アートという行為を通して生き方を見つけることだと思うんです」

お話をうかがってゆくうち、〈メディア・アート〉を超えて〈アート〉というものの根源へと降りてきてしまった。果たして、少しは問題点らしきものが浮き彫りになってきただろうか。それとも混迷(社会の?)を深めてしまっただろうか。映画とアートと教育とを、ほんの少し考えてもらえるきっかけにできればいいのだが……。

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諏訪敦彦(すわ・のぶひろ)
1960年5月28日広島県生まれ。映画監督、東京造形大学学長。東京造形大学在学中よりインディペンデント映画の制作を始め、『はなされるGANG』がぴあフィルムフェスティバルに入選。卒業後が石井聰瓦監督、山本政志監督らにつき、’96年、『2/デュオ』で長編デビュー。’99年の第2作『M/OTHER』がカンヌ映画祭で国際批評家連盟賞を受けるなど高い評価を得る。『二十四時間の情事』を自由にリメイクした『H Story』(’01年)を経て、’05年にはフランスで『不完全なふたり』を撮り話題となる。そして’09年、フランスと日本にまたがって子どもの世界を描いた『ユキとニナ』を発表。また、’08年により母校、東京造形大学の学長に就任。

オンライン映画祭で見えたモノ

【2010年04月08日】

谷元 浩之CON-CANムービー・フェスティバルディレクター

メディア総合研究所が主催する日本初オンラインベース国際短編映画祭、「CON-CAN MOVIE FESTIVAL」も今年で早5年、京都インディーズ映画祭との共催として4回目を迎え、新たなステージに来ている。
只でさえ、「映画祭」という映像文化イベントの認知度が低い日本で、更にそれをインターネットで展開しているCON-CANは、輪をかけて一般の理解が得にくいと、運営をしている自らその発展の難しさを実感して来た。それは、単純に予算や人手が足りないからといった、ありがちな理由だけではないという事も分かって来た。
だが、ここに来て映画祭自らがコンテンツを制作/発信をするという一見型破りな企画が、自分達の想定を超えたクロスカルチャーな化学反応を起こしている。千駄ヶ谷の小さな片隅からネットを介して世界や京都と繋がったこの映画祭。2年前のそのコンペでグランプリを勝ち取ったフランス在住のチャーラ・ゼンジルジ監督とギヨーム・ジョヴァネッティ監督を日本に招待した際、3日間で脚本から撮影、そしてオフライン編集までの、超過密スケジュールで短編制作プロジェクトを実行した。言葉が通じ合わない中で生まれたこの作品は、日本人素人5名が出演する「SIX」という実験ドキュメンタリー作品として完成した。
それから1年以上経ったある日、「SIX」が、世界4大映画祭の一つ、スイスのロカルノ映画祭の短編コンペ部門に入選、ワールド・プレミア上映されるという連絡が入った。国際短編映画祭としての権威や認知度も未熟、ましてインターネットで開催しているたかだか数年の映画祭から発信された作品が、60年以上の歴史を持つヨーロッパの権威ある映画祭に入選した事が、初めは良く理解出来ずにいた。だが、それが現実となった時、黒船を初めて見た時と思えるような感動と衝撃を受けた。それは、映画祭が単なる映像作品の上映イベントではなく、地域の発展と映画をベースとした多様な芸術感性の国際交流の場である事、また、複合的な創造プラットフォームとしても運営/構成されている事、そして、それらはアメリカの基準では無く、欧州連合が中心となって形成されているという事に対する衝撃でもあった。
先日、ロッテルダム映画祭を始め、クレルモンフェラン、ベルリンと、主要なヨーロッパ映画祭を巡る機会に恵まれたが、それぞれに個性と質が良く出ており、特にデジタル化におけるライブラリーの付加価値や、ショートフィルムの多様性/可能性に改めて感動した。
今年、CON-CANは「京都メディア・アート・ラボ」の活動理念に共鳴し、一員として京都、東京、そして世界を結び、地域振興や地域の発展を根底に据えた新たな形での国際映画祭の開催を企画している。そして、「SIX」の2名の監督も今年の夏から京都の九条山をベースに制作を行う予定だ。ネット、映像、デジタル、教育、地域、をキーワードに、今年、京都で何かが起きるかも知れない…。
だが、ここに来て映画祭自らがコンテンツを制作/発信をするという一見型破りな企画が、自分達の想定を超えたクロスカルチャーな化学反応を起こしている。千駄ヶ谷の小さな片隅からネットを介して世界や京都と繋がったこの映画祭。2年前のそのコンペでグランプリを勝ち取ったフランス在住のチャーラ・ゼンジルジ監督とギヨーム・ジョヴァネッティ監督を日本に招待した際、3日間で脚本から撮影、そしてオフライン編集までの、超過密スケジュールで短編制作プロジェクトを実行した。言葉が通じ合わない中で生まれたこの作品は、日本人素人5名が出演する「SIX」という実験ドキュメンタリー作品として完成した。それから1年以上経ったある日、「SIX」が、世界4大映画祭の一つ、スイスのロカルノ映画祭の短編コンペ部門に入選、ワールド・プレミア上映されるという連絡が入った。

国際短編映画祭としての権威や認知度も未熟、ましてインターネットで開催しているたかだか数年の映画祭から発信された作品が、60年以上の歴史を持つヨーロッパの権威ある映画祭に入選した事が、初めは良く理解出来ずにいた。だが、それが現実となった時、黒船を初めて見た時と思えるような感動と衝撃を受けた。それは、映画祭が単なる映像作品の上映イベントではなく、地域の発展と映画をベースとした多様な芸術感性の国際交流の場である事、また、複合的な創造プラットフォームとしても運営/構成されている事、そして、それらはアメリカの基準では無く、欧州連合が中心となって形成されているという事に対する衝撃でもあった。
先日、ロッテルダム映画祭を始め、クレルモンフェラン、ベルリンと、主要なヨーロッパ映画祭を巡る機会に恵まれたが、それぞれに個性と質が良く出ており、特にデジタル化におけるライブラリーの付加価値や、ショートフィルムの多様性/可能性に改めて感動した。

今年、CON-CANは「京都メディア・アート・ラボ」の活動理念に共鳴し、一員として京都、東京、そして世界を結び、地域振興や地域の発展を根底に据えた新たな形での国際映画祭の開催を企画している。そして、「SIX」の2名の監督も今年の夏から京都の九条山をベースに制作を行う予定だ。ネット、映像、デジタル、教育、地域、をキーワードに、今年、京都で何かが起きるかも知れない…。

命をつなぐ、砂漠の一滴

【2010年04月08日】

広瀬之宏京都メディア・アート・ラボ設立準備委員会代表

◎京都から世界へ

ここでの具体的なプログラムは、世界のインディーズ映画(自主制作短編映画)をとおして、京都の国際的知名度を活かしながら、海外との交流を図り、情報、頭脳、感性、技術、システムなどを相互交換させながら地域の文化力と教育力を高め、同時に地域経済の発展への導線を構築することを目的としています。

また近年のIT化およびデジタル革命を理解し、動画をコンテンツとして、グローバルな観点から文化、教育、経済的に有効な具体的な活用を充実させるためのコンテンツ制作やソフト開発の計画を立てています。
さらに、世界のクリエーターやプロの映画監督とのつながりとその優れた才能を人的資源と考え、教育支援、文化交流、企業連携など、あらゆる可能性を探りながら、〈産官学地〉の連携で地域の多様な質的向上に役立たせるための協働の場として「京都メディア・アート・ラボ」を位置づけています。
今後、私たちの活動が、たとえ砂漠の一滴の水であろうとも、その一滴が確実に一つの命につながるものでありたいと考えています。

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◎ソーシャル・メディアとしての自己の確立

「京都メディア・アート・ラボ」のコンセプトワードは、文字どおり「メディア」と「アート」です。
「メディア」とは、一般に言われているテレビや新聞、インターネットといった情報・通信媒体だけでなく、基本的には情報を発信する個々の人間そのものであるはずです。自分が伝えたいことを自分が媒体となって、自分以外の誰かに伝達・発信する。これがメディアの原形です。なにもメディアという特別なモノが存在するのではなく、メディアは自分自身そのものなのです。だからこそ、私たちが重要視するのは、一人一人にこだわった、個々の能力というメディアなのです。

◎アートは、創造への敬意

また、「アート」は、絵画や彫刻といった狭義の芸術分野に留まるのではなく、私たちに感動を与える全てのモノとコトがアートなのです。人間業の絵画や音楽、スポーツ、料理など…に限らず、人知を越えた森羅万象、宇宙全ての創造がアートなのです。それは、存在という創造への敬意であり、万物に与えられた誇りではないでしょうか。
そもそも芸術は「美の追求」であり、「美」とは、視覚的な見栄えだけでなく、感動であったり、思いやりであったり、やさしさであったり、発見であったり、生き様であったりします。その心の動きを共有したとき、人は美として感動するのです。
“恥の文化が無くなった”とよく言われますが、美意識を教えなければ、「恥も外聞もない」となるのは当然のこと。美しいモノを見たり、聴いたり、触れたり、また自分で産み出す創造の喜びも含めて、芸術と遊ぶ機会と場をみんなで創っていけば、そこには共感が生まれ、何が良くて何が良くないかは、自然と分かるようになるのです。その喜びが、人と人、人と社会、そして人と世界を結び、つながっていくのです。
ネットがもたらした第二次産業革命。せめて新しい文明が立ち上がったのであれば、いいところを見つけて使いこなしていくだけのソーシャルな智恵ある人類でありたいと願っています。
「京都メディア・アート・ラボ」は、ダーウィンの進化論では解けない“水、陸、空を制覇した昆虫”のように、小さくても未解明の魅力ある力強い存在を目指しています。